雑記です。ゲームネタ多めの予感。


by shiro07281

カテゴリ:トーマス( 4 )

忘れた頃にやってくる、今週のトーマスのお時間です。

奇しくも前回のエントリの最後で懸念したことが現実のものとなり、2週にわたって見逃すという手柄失敗のため半月以上お休みした格好になりますが、なんだ、意外とこれぐらいが程良いペースなんじゃない?

そんなわけで、今週のトーマス、はっじまっるよー!


今週の話は「ピカピカのマージ」というタイトル。
冒頭から恐るべき真実が語られる。今回の主人公であるマージは、トラックだ。
っておい!機関車じゃないのかよ!
さらに言うならトーマスも出てこなかった
つまり、「機関車」でも「トーマス」でもないのだ。
制作サイドでなにか内紛があったことを窺わせるような、どこか危うい雰囲気を纏いつつ物語が幕を開けた。

トラックのマージは、町の機関車ショー(?)に参加する機関車たちを洗車して集め、自身もブラスバンドを載せて町を跳梁跋扈するよう仰せつかる。
機関車たちは、彼ら自身が「主役」ともいえるようなイベントに参加するのに対し、トラックのマージはあくまでもバンドを乗せるための「道具」である、というわけだ。
しかし、肝心のマージは「今までにそんな大役務めたことがない」と浮かれている。能天気な奴である。こういう奴が会社にいいように使われてしまうんだな、とわが身を省みずにはいられなかった。今回のターゲットは子供と言うよりはむしろ大人なのかもしれない。

言われたとおりに、機関車たちに洗車の細かい指示を出して回るマージ。
無事に洗車も終わり、会場に集まったが、マージ自身は泥で汚れていた。それを洗い流すために移動を促され、エンジンをかけた、次の瞬間!

マージの排気口に詰まった泥が、洗車したばかりの機関車たちに盛大にかかってしまったのだ!
※「世界まる見えテレビ特捜部」のナレーションのノリでお読みください。

その量たるや、機関車全体がほとんど隠れてしまうぐらいだ。
ここを見たときの正直な感想は
いったいどんだけ詰まってたんだよ!
であることは言を俟たない。

全員洗車やり直しである。
今回は前半で「会社にいいように使われるぞ」という警告が出ていた。
この後半では、それに対して「いいように使われるような奴はたいてい土壇場で大きなミスをするぞ」という表裏一体の指摘がなされているのであった。
タイトルと物語の内容の齟齬は、このようなテーマにより制作会社内に何らかの波風が立った結果だったのかもしれない。
なお、余談であるが、このようにまず一方についての教訓を述べてから、次はもう一方に対となる教訓を与える、という構図はこれまでにも見られてきたトーマスにおける常套手段と言って良い。
トーマスを観るときにこの視点を意識しておくと、トーマスの怒り顔のように表面的なインパクトに惑わされず、本質的な部分が見えてくるはずだ。はずなんだけど。
ともあれ、労使の信頼関係の綻びがこのような形で提示されてくるとは、筆者も正直なところ予測できなかった。

しかし、昨今の深刻な不況の中、このような関係のままではあまりにも救いがないとの判断だったのか、最後には洗車も間に合い、めでたくイベントの開始にこぎつける、という大団円であった。
個人的には、この労使の捩れの関係について、引き続き NHK の「クローズアップ現代」ばりに掘り下げてほしかったところであるが、表向きは子供向け番組なので、この辺りで線を引くほうが妥当な判断だったとも言えるだろう。


その後はキャラクタ紹介で、今回の主役であるマージが紹介されていた。
おそらく、以前に関係ないキャラクタを紹介したときに抗議の電話や脅迫まがいの手紙が殺到し、バールのようなものでこじ開けられたり白いワンボックスカーで逃走されたりしたのであろう。
そして、犯人が捕まった暁には、「真面目で物静かな青年で、道であったら挨拶もきちんとしてくれるし、とてもそのようなことをする人とは思えない」という近所のおばちゃんの談話が発表され、「わかってねーな、そういう奴がいちばん危ないんだよ」とかあちこちのブログに書かれたりするんだろうなあ。


・・あ、もう終わりなんで、適当なところで切り上げてもらって大丈夫ですよ?
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by shiro07281 | 2009-08-20 06:49 | トーマス
最初にお断りしておくが、このエントリはいつにも増して中身がない。

なぜなら、今週のトーマスの大半を見逃したからだ。頑なに私の出勤時間帯に放送するテレビ東京に重大な過失があることは間違いないのだが、だからと言って声高に糾弾しないのが大人のエチケットだと思う。
だから、声を出さずにこのように無言でキーボードを打っている。

この手のボケは使い古されているが、そこにわびさびの精神をぜひ感じ取っていただきたいものだと切に願ってやまない。

こんなことを一生懸命書いている横で、夜10時を過ぎたのに大声でアンパンマンの歌を歌っている息子をどう料理してやろうか考えるあまり、料理ブログに転向しようかという考えが一瞬頭をよぎったが、やめておくことにした。理由は特にない。

さて、そんなわけで、すでにうろ覚えの臨界突破を果たした感のある今回のトーマスであるが、覚えているところだけで何か書くことはないのかと思案した結果、やはりこうしてキーボードを叩くことになった。まことに遺憾である。主に読者諸氏にとってであるが。

ざっくり書くと、体の大きい機関車(ゴードン)が調子に乗って威張っていたが調子を崩す、というような話であった。
いつも通り一行で収まった。私のこの要約能力がFBIやKGBやと学会に目をつけれらないか、少し心配になってきた。
なお、今回の本編ストーリーは上記の一行だけなので、今回は青字は無しだ。青地の部分をリンクだと思ってついクリックしてしまう人には朗報だろう。

今回のトーマスであるが、これは実にシンプルな比喩になっている。
もちろん、体の大きい機関車は、世界一の大国・アメリカを指している。その不調は、すなわちサブプライムローンに端を発する経済危機を表している、というのが専門家の間での一致した見解である。
それを他の機関車がサポートするんだったか嘲笑するんだったか忘れたが、いずれにせよ、他の機関車たちがイコール他の国家、ということになる。
この図式により現在の経済危機の状況を子供にも判りやすく伝えよう、という制作サイドの意図が窺い知れる。
今までの対日本批判の路線からだいぶ外れてきているが、これはひとえに当ブログの警告が功を奏したものと見て良いのではないか。
このままいけば、来週の機関車トーマスには阿藤快が乗り込んで途中下車しているのではないか、という期待の声もどこからか聞こえてくるような気がしませんか?

そんなわけで、竜頭蛇尾な雰囲気を匂わせつつ、今週のトーマスはあっという間に終わってしまった。
キャラクタ紹介もあったが、誰だったのかも定かではない。
前回軽くメモを取った反動で、今回その分忘れやすくなっているような気がしている。

これだけうろ覚えだと、まとめる気も起きないから不思議だ(当たり前?)。
こんな駄文を書いている間に、息子が静かになっているのがせめてもの救いである。
しかし、よく見たら小声になっただけで、まだ何事かぶつぶつ言っているようだ。毎週トーマスを観ているせいでなにか悪影響があるのかもしれない。
っていうか、夏休みだからって昼寝しすぎなんだよお前!


と、立派なマイホームパパ(死語?)ぶりを発揮して好感度を稼ぎつつ、今回のエントリの幕を下ろしたいと思う。
来週はちゃんと観られるだろうか。
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by shiro07281 | 2009-07-30 22:43 | トーマス
まさかの第二回である。
誰が驚いているって、筆者が一番驚いている、と言っても過言ではないのではないか。否定形が多すぎて意味がわからなくなってきた。
多すぎるって、ふたつしかないじゃないか、と思われたかたがいるかもしれないが、そちらへめがけて「ふたつを笑うものはふたつに泣くことになるぞ」という呪いの言葉を投げつけておきたい。
おや、こんなところに穴がふたつあるが、何だろう?

さて、今週も結局「機関車トーマス」を俎上に載せることになった。
先週あれだけ警鐘を鳴らしたにもかかわらず、今週も放送を強行したテレビ東京には失望した。「けいおん!」の再放送に変わっていなかったことは特に許しがたい。はてなに買収されてしまえばいいと思う。
Excite のブログでこんなことを書いていて、ブログごと削除されたりしないだろうか。

「ブログ削除」という言葉を持ち出すことで、つり橋効果により読者の愛情を勝ち取ることに成功したところで、そろそろ本題に入りたいと思う。

前置きがこれだけ長いと、どちらが本編か判らなくなってしまう点が憂慮されるが、いっそここを本編ということにして、この先は読まなくても良いかもしれない。
などと書いたからといって、ここで正直に回れ右をするような人は賢明な読者諸氏にはいないことを私は心から誇りに思う。

なお、読者がまったくいない可能性については、ここでは考慮していない。
物理の問題の「空気抵抗は考えないものとする」と同じである。
それならせめて「真空中で」ぐらいの但し書きを問題文につければいいのに。
安易に「空気抵抗は考えないものとする」とか書く理科教師は全員はてなに買収されてしまえばいいと思う。


話が脱線した(機関車だけに)、というフレーズを初回に使ってしまったことを少し後悔している。


今週のトーマスも、やはり、私の出勤準備の最中だ。毎度毎度慌しいことである。このため、今回も詳細はお預けである。
あれだけ深刻な警告を無視した頑迷なるテレビ東京のことなので、私のために放送時間を変更するようなことはしないであろう。
そこで、今後も些事にはとらわれず、より大局的なものの見方を養うのに最適の構成を目指していきたい。

今回のトーマスは、トビーという機関車が有名歌手を迎えに行く途中緊張してへまをしでかしたが、歌手を乗せてからは緊張が解けていい仕事をした、というような内容だ。
相変わらず一文に収まるプロットだが、やはり多くの示唆に富んだ寓話に仕上がっている。
例によって、青字の部分が大本のストーリー部分である。


まず、トビーが有名歌手を迎えに行くよう指示を受けるところから話は始まる。
トビーは、そのような大役を任されたことがないため、緊張してしまい、
・カーブでスピードを落とし忘れて来客用のお茶をこぼす
・赤信号に直前まで気づかずに急停車してお菓子が床に落ちる
と問題が続発していく。


これはもちろん、「有名歌手」を例に取り、芸能人に対する日本人の度を越した神聖化を指摘したものだ。
仕事で有名人を迎えに行く、というだけで浮き足立ち、その仕事自体がおろそかになってしまうという日本人全般が抱える矛盾や精神面の脆さが、テンポよく運ぶストーリーによってさらに強調されている。
前回は日本における次世代の問題点が指摘されていたが、そのようなメジャーな視点だけではなく、日本独自のサブカルチャーに根ざした、より「大衆的」あるいは「通俗的」なレベルにおける問題点についても同様に指摘ができる、というのが、今回作者から発せられたメッセージ(あるいは警告)なのではないだろうか。


トビーはなおも、緊張を増大させながら走り続ける。声を掛ける子供たちや同僚の機関車の声も全く耳に入らない。
そのうえ、分かれ道で間違った路線へ入ってしまい、暗くじめじめした森の中を彷徨うことになってしまう。

概して、「機関車トーマス」での暗示はどこかコミカルに描かれてきたが、このパートはそれを覆すダークな仕上がりになっており、まさに圧巻であった。
しかし、その意味するところは極めて明瞭である。
芸能人という「雲の上の存在」に傾倒するあまり、周りが目に入らずに孤立し、足元が疎かになり、道を誤る。
そして、その終着駅が・・暗闇というわけだ。
これは何も芸能人に限った話ではない、という点にも留意が必要であろう。
好きなものに没頭して周りが見えず、仕事も満足にできずに闇の世界へと足を踏み出してしまう、そんな「趣味人」全般に潜在する危うさがここにある。
あるいは、作者にもそのような経験があるのかもしれない。


この後、トビーは何とかそこから脱出するが、その際に全身が泥だらけになってしまう。
その姿で歌手を迎えに行き、「こんな汚い列車に乗っていったら、どう思われるかわからないわ」ど乗車を拒否されてしまう。
ここでは翻って、芸能人サイドの傲慢さを批判している。これにより、ともすれば製作者に向かいそうな視聴者の怒りを、巧妙に芸能人への怒りにすり替えている。
この点は私も見習いたいと思っているところだ(主に夫婦関係において)。

急遽洗車場へ行くことになったトビーは、直接歌手と顔を合わせ、彼女を乗せたことで緊張から解放される。
つまり、芸能人だって実は「ただの人」だよ、ということだ。
これが芸能人側、それを追いかける側の双方に対して同時に


飽きた。


うん、あとは箇条書きで良いと思う。
緊張が解けたトビーは絶好調だ。
線路を塞いでいる牛を、歌手が自分の歌でどかす、という暴挙に出る。もちろん牛がそれを聞き届けるわけもなく、歌を聞きつけた牛の飼い主が慌てて飛んできて牛を引っ張っていくという、徹底したリアリズムに裏打ちされた展開。
・幻想から解き放たれ、我に返って仕事をこなしたトビーが褒められて終幕。序盤から中盤の展開を考えると平凡すぎるエンディングに物足りなさを感じる視聴者も多かったものと思われるが、おそらくこれ以上ひねりを加えるとPTAから苦情が来ることを見越した上での苦渋の選択だったものと推測できる。これによって現在の教育現場におけるPTAの弊害というものが(以下略)。
・先週にはなかったキャラクター紹介コーナーが最後に設けられていた。今回のストーリーには関係なかった「エリザベス」という機関車が紹介されていた。次回はいよいよエリザベス女王自らが討って出る、ということだろうか。

箇条書きなのに微妙に文章が長くなっているのが私の持ち味であるから、ここはぜひ堪能していただきたい。



まとめ
・追う方も追われ方も目隠ししたまま鬼ごっこしてるみたいなもんだね。
・ミーハーってみいちゃんはあちゃんの略なんだって。英語の「me」と「her」かと思っていた。ぐぐったらそういう説もあるんだそうで、結局どっちだ(どっちでも良い)。
・芸能人はファが猪木。ド、レ、ミ、1、2、3、ファー!、ソ、ラ、シ、ド。


前回と合わせて計2回、トーマスに潜む陰謀と狂気についてごく簡単にご説明してきたわけだが、次回がどうなるかは全く決まっていない。
今日、途中で飽きたこともあるので、この辺りで筆を置きたいという考えもないわけではない。
しかしながら、当ブログは残念ながら筆で書いているわけではないので、筆をおくことはできないのである。
そんなわけでキーボードを置きたいのだが、これまた残念なことに、キーボードは最初から置いてあるのであった。
一体どうすれば良いのだろうか。
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by shiro07281 | 2009-07-25 07:35 | トーマス
「今週のサザエさん」がかなり面白いので、「サザエもすなるという、あれ」ということで、まあ、平たく言えばオマージユである(便利な言葉だなあ)。
長文ではあるが、携帯性を重視し、京極夏彦の文庫本よりもかなりコンパクトに仕上がっている点をご評価いただきたい、というのが正直なところだ。

お題は今朝観た「機関車トーマス」にしようと今朝思った。
来週もトーマスである保証はどこにもなく、この企画が複数回続くのかも予断を許さない状況だが、連帯保証人になってくださるというかたがいれば、当方としてはそちらにお任せしたい。
ところで、大正野球娘の第一話タイトルにもある「すなるという」という表現だが、これは「すなる」だけで「するという」の意味なので、そのあとの「という」は重複表現ではないだろうか。それとも又聞きなのか。
いずれにせよ、このように誤解を招きうる表現を安易に使うとは、近年の日本人の言語レベルの低下に忸怩たる思いを禁じえない。
あるいは、忸怩たるのは私の言語レベルのほうかもしれないが、そんな細かいことを気にしていては立派なポケモンマスターにはなれない。
ところで忸怩って何?
気になって気になって、忸怩ノイローゼになってしまいそうなので忸怩たる思いだ。

いきなり話が脱線した(機関車だけに)。
※ここで笑っておくことを強く推奨する。この先は重い話が続くからだ。
私も筆が重い。


今日の機関車トーマスは、朝の出勤準備をしながらぼんやり見ていたので、あまりディテールには触れられないことを最初にお断りしておく。
「神は細部に宿る」とも言うが、残念ながら私は人間なので、細部のほうは神様に任せておけばよいのではないか。

大雑把に言うと、黄色い機関車(別の色だったかもしれない)がトーマスの助言に反発して走り続けるが、最後にはトーマスに助けられて改心し、仲直りをする、というようなものだった。
どうしよう、一行で言い尽くせてしまった。

これで終わりにしても良いのだが、神様に敬意を表して、もう少し細部を見ていこう。
何しろ相手は、大英帝国が技術の粋を集めて開発した、人間と意思疎通が可能な人面機関車である。一筋縄ではいかないのだ。

※純粋にストーリーのみを楽しみたい場合は、青い太字のところだけ拾い読みすると良い親切設計になっている。
余談だが、自分で見直しておいて、よくこんな僅かなシナリオに対してこれだけの贅肉がつけられたものだと驚嘆した。日本相撲協会からスカウトが来るかもしれないが、ちゃんこが作れないので辞退するつもりだ。

最初の状況は忘れたが、とにかくトーマスが黄色に対して親切心から助言をする。
しかし、黄色はそれに対して「命令するな!きみはいばりんぼだな!」と聞く耳を持たず、走り去ってしまう。

このやり取りは、一般的な親子関係を象徴しているものと推察される。
つまり、この時点で、大多数の視聴者が眩暈とともにかつてないほどの強い既視感に襲われるよう仕組まれているのだ。
さすがは大英帝国である。冒頭から既に情報戦が始まっているのだ。

黄色が運ぶべき貨物を積まずに走っているので、トーマスは黄色のあとを追ってそれを知らせるが、やはり黄色は「命令するな!きみは本当にいばりんぼだな!」と耳を貸さず、走り去っていく。
同じようなシチュエーションが続けて出てきたが、ここで作者が更なる攻勢を仕掛けてきていることに注目せねばならない。
それは、これが親子関係だけではなく、職場での人間関係をも暗示している、ということだ。指示を聞かずに反発するばかりで仕事ができていない部下、という構図は、巷間に溢れかえっている。
それがここで描写されていることにより、日本経済の基礎たる若い労働者階級が実際には無能力化しつつあることが、既に世界に露呈していることが明らかになったのである。
これは憂慮すべき事態であるが、この問題に関する議論や考察の詳細は神様に譲ることとする。

さらにあとを追うトーマスだが、それでも黄色は「命令するな!きみは本当に本当にいばりんぼだな!」である。
エスカレートしていく黄色の口調に、物語のクライマックスが近いことを感じ取れ!

しかし、この疾走感の裏には、やはり隠された意図があることを冷静に看破しなくては、我々日本人は遠からず滅びへの道に足を踏み出すこととなろう。
何たることか、このシチュエーションは、家庭や経済のみならず、教育の現場にも当てはまってしまうのである。
つまり、この三回目の黄色発言により、教師と生徒の関係の問題点さえも示唆されている、ということだ。
日本の現在の教育現場における、教師と生徒の信頼関係崩壊と、それに伴う知的レベルの低下、モラル教育の終焉など、将来の日本を担う人材の育成が既に破綻していることが、暗に、しかし鋭く指摘されているのである。
そして、それらをきちんと把握している、ということを示すことで、作者は日本政府そのものに対しても圧力をかけているのだ、と見ることが可能であろう。

話を先に進めよう。
これら3つのシチュエーションの先に待っているものこそが、現代及び近未来日本の危うさを浮き彫りにしているのである。


・・のであるが、ちょうどこの時間に私の出勤準備が佳境に入るため、正直なところあまり覚えていない。


黄色が何かやらかして、パーシーが全身に黒い何かを被って汚れてしまう、という感じだった。
汚れたパーシーの怒り顔は、子供が見ていればトラウマ確定ものの形相であったことを書き添えておく。
凡そトーマスに出てくる機関車の顔が怖いとはよく言われることだが、これもまた、幼児時代から恐怖を繰り返し刷り込むことで、将来的には英国に絶対服従の犬に育て上げよう、という「悪魔のブリーダー根性」とでも言うべき作者の狂気が滲み出ているものだと言えよう。
それに気づかず毎週放映しているテレビ東京には、今からでも遅くないのでしかるべき措置を早急に取っていただくことを望んでやまない。
具体的には、トーマスの代わりに「けいおん!」の再放送でもしてはどうか。
尺が違うとか、局が違うとか、そういう細かいことを気にしていては(以下略)。

なお、パーシーが被った「黒い何か」や、それが指し示す未来についても、この先数キロバイト分は考察したいところであるが、詳細は神様に譲る約束になっているし、だいたいそろそろ飽きてきたところなので、ここは潔くカットして先へ進むことにする。
読者諸兄の喜ぶ顔が目に浮かぶのはどうしたことだろう。

最終的には、トーマスが黄色の仕事を肩代わりし、「これでいいだろ?」みたいなことを言うのであった(んだったと思う)
親子関係においては「結局子供の言いなり」、会社関係においては「結局上司が全部やる羽目に」、教育現場では「結局教師がレベルを下げて付き合う」という日本社会に潜む病理を、作者はこのタイミングで一気に突きつけてきている。
しかし、ここで義憤に駆られ、何とかしなくては、と思っても、今日は選挙の投票日ではない(平日だから)というジレンマが、身を焼き焦がすほどの焦燥感となって全国民に襲い掛かるのである。全く、狡猾としか言いようのない手口だ。


それに対して黄色が最後に放った一言が、ダメ押しとも言うべき一撃だった。

「トーマス、僕は君のことを誤解していたよ。君は実に役に立つ機関車だね」

これだ。仕事を代わりにやってもらっておいて、「お前は役に立つ奴だから許してやろう」と言うがごとき傲慢極まりない論理、不遜な態度。
これが日本をこれから担っていく世代の真の姿だ、と糾弾しているのである。
わずか数分程度の中に、「察しと思いやり」の日本文化と「使える・使えない」という経済的二元論との対立関係や、現代における後者の圧倒的優位性を、これほど鮮やかに描き出した作品がかつてあっただろうか。
この、現代日本に対する痛烈な皮肉と、それを嘲笑するかのような甲高い汽笛の音をもって、今週の機関車トーマスは幕を降ろしたのだった。


[今週のまとめ]
・仏の顔も三度まで。
・「いばりんぼ」って久しぶりに聞いたね。
・ストーリー自体は一文で収まるのだった。



ところで、冒頭の一文の「オマージユ」の「ユ」が大文字になっていることに気づいたかたはどれくらいいるだろうか。




※この「オマージユ」の問題は、誤記を修正するのに消費されるエネルギーを節約するために急遽ネタにしたもので、要するにエコだ。
こういうところでもつい地球を大事にしたいという気持ちが出てしまうのは、我ながら困ったものである。
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by shiro07281 | 2009-07-15 23:06 | トーマス