雑記です。ゲームネタ多めの予感。


by shiro07281

【浅い深読み】機関車トーマス(2)

まさかの第二回である。
誰が驚いているって、筆者が一番驚いている、と言っても過言ではないのではないか。否定形が多すぎて意味がわからなくなってきた。
多すぎるって、ふたつしかないじゃないか、と思われたかたがいるかもしれないが、そちらへめがけて「ふたつを笑うものはふたつに泣くことになるぞ」という呪いの言葉を投げつけておきたい。
おや、こんなところに穴がふたつあるが、何だろう?

さて、今週も結局「機関車トーマス」を俎上に載せることになった。
先週あれだけ警鐘を鳴らしたにもかかわらず、今週も放送を強行したテレビ東京には失望した。「けいおん!」の再放送に変わっていなかったことは特に許しがたい。はてなに買収されてしまえばいいと思う。
Excite のブログでこんなことを書いていて、ブログごと削除されたりしないだろうか。

「ブログ削除」という言葉を持ち出すことで、つり橋効果により読者の愛情を勝ち取ることに成功したところで、そろそろ本題に入りたいと思う。

前置きがこれだけ長いと、どちらが本編か判らなくなってしまう点が憂慮されるが、いっそここを本編ということにして、この先は読まなくても良いかもしれない。
などと書いたからといって、ここで正直に回れ右をするような人は賢明な読者諸氏にはいないことを私は心から誇りに思う。

なお、読者がまったくいない可能性については、ここでは考慮していない。
物理の問題の「空気抵抗は考えないものとする」と同じである。
それならせめて「真空中で」ぐらいの但し書きを問題文につければいいのに。
安易に「空気抵抗は考えないものとする」とか書く理科教師は全員はてなに買収されてしまえばいいと思う。


話が脱線した(機関車だけに)、というフレーズを初回に使ってしまったことを少し後悔している。


今週のトーマスも、やはり、私の出勤準備の最中だ。毎度毎度慌しいことである。このため、今回も詳細はお預けである。
あれだけ深刻な警告を無視した頑迷なるテレビ東京のことなので、私のために放送時間を変更するようなことはしないであろう。
そこで、今後も些事にはとらわれず、より大局的なものの見方を養うのに最適の構成を目指していきたい。

今回のトーマスは、トビーという機関車が有名歌手を迎えに行く途中緊張してへまをしでかしたが、歌手を乗せてからは緊張が解けていい仕事をした、というような内容だ。
相変わらず一文に収まるプロットだが、やはり多くの示唆に富んだ寓話に仕上がっている。
例によって、青字の部分が大本のストーリー部分である。


まず、トビーが有名歌手を迎えに行くよう指示を受けるところから話は始まる。
トビーは、そのような大役を任されたことがないため、緊張してしまい、
・カーブでスピードを落とし忘れて来客用のお茶をこぼす
・赤信号に直前まで気づかずに急停車してお菓子が床に落ちる
と問題が続発していく。


これはもちろん、「有名歌手」を例に取り、芸能人に対する日本人の度を越した神聖化を指摘したものだ。
仕事で有名人を迎えに行く、というだけで浮き足立ち、その仕事自体がおろそかになってしまうという日本人全般が抱える矛盾や精神面の脆さが、テンポよく運ぶストーリーによってさらに強調されている。
前回は日本における次世代の問題点が指摘されていたが、そのようなメジャーな視点だけではなく、日本独自のサブカルチャーに根ざした、より「大衆的」あるいは「通俗的」なレベルにおける問題点についても同様に指摘ができる、というのが、今回作者から発せられたメッセージ(あるいは警告)なのではないだろうか。


トビーはなおも、緊張を増大させながら走り続ける。声を掛ける子供たちや同僚の機関車の声も全く耳に入らない。
そのうえ、分かれ道で間違った路線へ入ってしまい、暗くじめじめした森の中を彷徨うことになってしまう。

概して、「機関車トーマス」での暗示はどこかコミカルに描かれてきたが、このパートはそれを覆すダークな仕上がりになっており、まさに圧巻であった。
しかし、その意味するところは極めて明瞭である。
芸能人という「雲の上の存在」に傾倒するあまり、周りが目に入らずに孤立し、足元が疎かになり、道を誤る。
そして、その終着駅が・・暗闇というわけだ。
これは何も芸能人に限った話ではない、という点にも留意が必要であろう。
好きなものに没頭して周りが見えず、仕事も満足にできずに闇の世界へと足を踏み出してしまう、そんな「趣味人」全般に潜在する危うさがここにある。
あるいは、作者にもそのような経験があるのかもしれない。


この後、トビーは何とかそこから脱出するが、その際に全身が泥だらけになってしまう。
その姿で歌手を迎えに行き、「こんな汚い列車に乗っていったら、どう思われるかわからないわ」ど乗車を拒否されてしまう。
ここでは翻って、芸能人サイドの傲慢さを批判している。これにより、ともすれば製作者に向かいそうな視聴者の怒りを、巧妙に芸能人への怒りにすり替えている。
この点は私も見習いたいと思っているところだ(主に夫婦関係において)。

急遽洗車場へ行くことになったトビーは、直接歌手と顔を合わせ、彼女を乗せたことで緊張から解放される。
つまり、芸能人だって実は「ただの人」だよ、ということだ。
これが芸能人側、それを追いかける側の双方に対して同時に


飽きた。


うん、あとは箇条書きで良いと思う。
緊張が解けたトビーは絶好調だ。
線路を塞いでいる牛を、歌手が自分の歌でどかす、という暴挙に出る。もちろん牛がそれを聞き届けるわけもなく、歌を聞きつけた牛の飼い主が慌てて飛んできて牛を引っ張っていくという、徹底したリアリズムに裏打ちされた展開。
・幻想から解き放たれ、我に返って仕事をこなしたトビーが褒められて終幕。序盤から中盤の展開を考えると平凡すぎるエンディングに物足りなさを感じる視聴者も多かったものと思われるが、おそらくこれ以上ひねりを加えるとPTAから苦情が来ることを見越した上での苦渋の選択だったものと推測できる。これによって現在の教育現場におけるPTAの弊害というものが(以下略)。
・先週にはなかったキャラクター紹介コーナーが最後に設けられていた。今回のストーリーには関係なかった「エリザベス」という機関車が紹介されていた。次回はいよいよエリザベス女王自らが討って出る、ということだろうか。

箇条書きなのに微妙に文章が長くなっているのが私の持ち味であるから、ここはぜひ堪能していただきたい。



まとめ
・追う方も追われ方も目隠ししたまま鬼ごっこしてるみたいなもんだね。
・ミーハーってみいちゃんはあちゃんの略なんだって。英語の「me」と「her」かと思っていた。ぐぐったらそういう説もあるんだそうで、結局どっちだ(どっちでも良い)。
・芸能人はファが猪木。ド、レ、ミ、1、2、3、ファー!、ソ、ラ、シ、ド。


前回と合わせて計2回、トーマスに潜む陰謀と狂気についてごく簡単にご説明してきたわけだが、次回がどうなるかは全く決まっていない。
今日、途中で飽きたこともあるので、この辺りで筆を置きたいという考えもないわけではない。
しかしながら、当ブログは残念ながら筆で書いているわけではないので、筆をおくことはできないのである。
そんなわけでキーボードを置きたいのだが、これまた残念なことに、キーボードは最初から置いてあるのであった。
一体どうすれば良いのだろうか。
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by shiro07281 | 2009-07-25 07:35 | トーマス